岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)577号 判決 1970年2月27日
原告 田淵新治
右訴訟代理人弁護士 久枝壮一
被告 株式会社 旭
右代表者仮代表取締役 中元鹿男
右訴訟代理人弁護士 宇山謙一
主文
被告は原告に対し、昭和四四年五月一六日付辞任を原因とする原告の取締役退任登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、原告は被告会社の代表取締役であったところ、昭和四四年五月一六日到達の内容証明郵便をもって、被告会社に対し取締役を辞任する旨意思表示した。
もし右主張が認められないとしても本訴において右辞任の意思表示をする。
二、被告会社登記簿には原告が取締役である旨の登記がなされている。
三、よって被告に対し、原告が取締役を退任した旨の変更登記をなすべきことを求める。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対して次のとおり述べた。
一、原告の昭和四四年五月一六日付内容証明郵便による辞任の意思表示が被告会社に到達したことを否認する。被告会社の代表取締役は原告一人であるから、辞任の意思表示は取締役会を招集したうえこれになすべきであるが、かかる事実はない。
二、かりに原告の辞任が有効になされたとしても、被告には原告に対し右退任の登記をなすべき私法上の義務はない。取締役が退任したとき会社が退任の登記をしなければならないのは国家に対して負担する公法上の義務にとどまるというべきである。証拠<省略>。
理由
一、原告が被告会社の代表取締役であったことは当事者間に争なく、被告会社登記簿に原告が取締役である旨の登記がなされていることは被告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなされる。
<証拠>を綜合すると、原告は、昭和四四年五月一六日、一身上の都合により取締役を辞任したい旨を記載した内容証明郵便を被告会社取締役(常務)樋口純夫に宛てて発信したこと、右樋口は直ちに原告以外の六名の取締役にはかったところ、辞任を承認できないとの結論に到達したので同月末日付内容証明郵便をもって、その旨を原告に回答したことが認められ、右各認定を左右するに足りる証拠はない。代表取締役が会社に対して取締役を辞任する旨の意思表示をするのに他に代表取締役がいないときには原則として取締役会を招集し取締役会において意思表示をなすべきことは、被告主張のとおりであるが、ただ右辞任の意思を表明していることが取締役全員にはかられるなどの方法により、全員に諒知されたような場合には、右意思表示が会社に到達されたと認めてもよいと解されるところ、以上認定のとおり、原告の本件辞任の意思表示は、樋口取締役により、原告以外の取締役全員に伝えられ、その可否についてはかられたのであるから、そのことによって右辞任の意思表示は被告会社に到達したというべきである。次に、取締役と会社との関係は委任の規定にしたがうべきものであり、したがってその辞任の効力は意思表示の到達によって直ちに発生し、たとえ右取締役が代表取締役である場合にも、取締役会の承認を要するとは考えられないから、原告は右辞任によって被告会社の取締役を退任したことになる。
二、そうだとすれば、被告会社は原告に対し、右委任契約の終了にともなう契約上の義務として、原告が取締役を退任した旨の変更登記をしなければならないと解する。
なんとなれば、取締役が退任した場合、その取締役にとっても右退任を善意の第三者に対抗するためには退任の登記が必要であるといえるし、なるほど会社に対する関係ではすでに辞任の効力が生じているから取締役としての職務の執行に基く責任を負うことは法律上ありえないけれども、なお依然として取締役であると誤認され、その責任を追求されたときには防禦の措置を講じなければならない事実上の不利益を蒙るおそれがあること、また登記が残っていることによって事実上の推定を受ける不利益があることなどを考えあわせると、会社が退任の登記をしてかかる不利益を除去すべき契約上の義務が、会社と取締役との間の委任契約の内容に含まれるといわざるをえないからである。
三、よって原告の本訴請求を正当として認容する。<以下省略>。
(裁判官 東条敬)